Woodruff Life
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GQの人生相談6月号

Q1 抽象的な質問なんですけど、漠然たる不安を感じています。これを打ち払うにはどうすればよいでしょうか。

「漠然たる不安」というのは、未来が見通せないということなんでしょうね、きっと。
でも、未来はいつだって不透明ですよ。僕の知る限り、僕の生まれた1950年からあと63年間、先行きがクリアーに見通せたことなんか、一度もないですよ。

50年代の終わりは、いつ核戦争が起きて世界が滅びるかわからなかったし、60年代は世界中で革命闘争が展開していて、体制は全部崩れそうだったし、80年代はやけくそな蕩尽に浮かれていたし・・・、そしてそのつど「思いがけないこと」が起きて、時代ががらりと方向転換したのでした。

確かに原発事故処理も震災からの復興も遅れているし、首都圏直下型地震や南海トラフ地震がいつ来るかわからないし、解釈改憲で戦争に巻き込まれるリスクも高まっているし、国の赤字は積もる一方だし……。
いろいろ不安のたねはあります。

でも、この程度の国なら他にいくらもありますよ。

だから、そんなに心配しなくても大丈夫です。 心配しているような「思いがけないこと」が来ないと言っているんじゃありません。
それはやっぱり来るんです。そして、システムががたがたになる。これは避けようがない。

でも、日本は他の国とくらべると「負けしろ」の厚さがだいぶ違いますから。
地震が来ようが、国債が暴落しようが、年金制度が崩壊しようが、そのときはそのとき、国が破れても山河が残っている限りは大丈夫です。
なんとかなります。

「負けしろ」が日本にはあります。 それは豊かな自然です。国土の68%が森林なんです。
これほどの森林率の国は先進国にはノルウェー以外にありません。
多様な植生があり、さまざまな動物が繁殖し、きれいな水があふれるように流れ、強い風がよどんだ大気を吹き払う。
日本のこの自然環境には値札がつけられません。

経済の話をするとき、エコノミストはみんな「フロー」の話しかしません。
でも、日本には「眼に見えないストック」があります。
目の前にあるのでありがたみがわからないのですけれど、改めてそれを金を出して買おうとしたら1000兆円出しても買えないような資産です。
それはまず自然資源です。

飲料水がいくらでも湧き出ている。水のほとんどをマレーシアから輸入しているシンガポールから見たら羨ましくなるほどの資産です。
でも、日本人は自分たちがそんな豊かな資産を享受していることを知りません。

第二が銃による犯罪がほとんどないこと。
アメリカは銃で年間3万人が死んでいます。
一昨年、日本では銃による死者は年間4人でした。

殺人発生件数もほぼ世界最低です。
このレベルの治安を仮にアメリカやメキシコやブラジルで実現しようとしたら国が破産するほどの天文学的なコストを要するでしょう。

それだけの資産がとりあえずここにある。
その他に温泉もあるし、神社仏閣もあるし、伝統芸能もあるし、ご飯は美味しいし、接客サービスは世界一だし・・・、国民的な「ストック」はさまざまにあるわけです。

でも、経済成長論者の方たちはこのストックをゼロ査定しておいて、フローがないカネがないと騒いでいる。
日本がほんとうは豊かな国であること、みんなでフェアにわかち合えば、ずいぶん愉快に暮らせることをひた隠しにしている。
そして、経済成長しなかったらもすぐに国が滅びるというような煽りをしている。
だから、原発は再稼働するしかない、消費増税もするしかない、賃金も下げるしかない・・・と勝手なことを言っています。

でも、彼らは日本には豊かな山河と文化的蓄積があることを故意に言い落とします。
それをたいせつに使っていれば、別にシンガポールのような自転車操業をする必要なんかないということは決して言わない。
水も食べ物もエネルギーもすべて金を出して買わないと生きてゆけない国と比べて「経済成長への熱意が足りない」と言うのははなから無理なんです。

麻雀で点棒が5万点ある人と、箱シタの人では打ち方が違うじゃないですか。
箱シタは「後がない」から、ハイリスク・ハイリターンな打ち方をするしかない。
点棒がざくざくある人はリスクは冒さないで、高い手も安手も自由自在に打ち回せる。「金持ち喧嘩せず」です。

でも、だいたい金持ちが勝つんです。
経済成長論者は「それがイヤだ」と言っているんです。
もっとひりひりするようなバクチを打ちたい、と。
そのためには「点棒」を一度全部失った方がいいと(無意識に)思っている。

だからこそ彼らは原発を稼働したがるんです。
うまくすればもう一度事故が起きて、国が破れたとき「帰るべき山河」さえ失われるから。

だからこそ移民を入れたがるんです。
うまくすれば国内の治安が悪化して、暴力的な排外主義運動や民族対立が起きるから。

だからこそカジノを作りたがる。
うまくすれば勤勉な労働者たちが一攫千金を夢見て、眼を血走らせてバクチにのめりこみ家産を失ってホームレスになるから。

ほんとうにそうなることを経済成長論者は願っているんです。
そうなれば日本の「負けしろ」はなくなり、彼らが夢見る「シンガポールみたいな国」になる他なくなりますから。
ですから、どうせ 「不安」を抱くとしたら、日本が向っているこのような未来について不安を抱く方がいいと思いますよ。

Q2 20代男子です。やっぱり年金には入っておいた方がよいでしょうか? 年金制度は崩壊する、ということを耳にしたのでおたずねします。

年金というのは「政府に対する信用」に基づいているという意味では通貨と同じです。
「日本円が使えなくなるらしい」と聞いた日本人たちが「じゃあもう日本円をドルに換えよう」と一斉に動いたら、日本円はたちまち紙くずになります。

日本銀行券が通貨として機能しているのは、日本銀行が発行するこのぺらぺらな紙切れに価値があると「みんなが思っている」からです。

1万円札の製造コストは40円ですから、残り9960円は幻想なんです。
その幻想が機能するのは要するに「日本国はこれからも健全に機能する」と日本人たちが何の根拠もなく信じているからです。

年金だって同じです。
年金制度が成り立つのは無窮の国民国家という幻想です。
日本国は100年後も200年後も存在していて、まともに統治されているということを前提にして年金制度は設計されているし、日本円で貯金もできる。

もしかすると、あと10年か20年くらいで日本は破産国家になるかもしれないと思っていたら、日本円なんか誰も買いません。
日本の年金制度や健康保険制度は世界で最も優れている制度の一つだと思います。制度自体は。

ただし、国民の信用供与によって成立しているので、みんなが国を信用しなくなったらその瞬間に崩壊する。

オレは年金なんか払わない。
自分の尻は自分で拭く。
だから、政府はオレのカネに手を出すなと言う人がいたとします。

でも、この人が守ろうとしている「カネ」が日本円なら、彼は自分のカネを守るために、そのカネの価値を担保している日本国の信用を破壊しているんです。

年金は「税金のようなもの」です。
税金をみんなが払うのをやめちゃったら国家財政は破綻し、日本円は紙くずになる。

100年後も日本はあると思いますか? と問われると、僕も「あります」とは断定できません(彗星が衝突するかも知れないし、地殻変動があるかも知れないし)。

でも、どんなことがあろうと、国家というのは国民からの信用供与によってはじめて成立するものです。
国民が国に対して信用供与すれば、信用に値する国家ができあがり、誰も信用しないと、なるほど信頼に値しない国家ができあがる。

その点では株と一緒です。
みんなが買えば高くなる。
みんなが売れば安くなる。

国民と国家の関係はそんなふうにダイナミックで生成的な関係なんです。
国民とは別に自存しているわけじゃありません。

「この国を住み易い国にしたい。そのためには身銭を切ってもいい」と思っている人の数が多ければ多いほどその国は住み易くなり、「この国は住みにくいし、先行きもわからないので、無駄に年金も税金も払いたくない」と思う人の数が増えれば増えるほど、その国はますます住みにくくなる。

それだけのことです。

内田樹の研究室 GQの人生相談6月号
http://blog.tatsuru.com/2014/05/27_1034.php